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2008年06月19日

ビジョンツアーで学んだ事

私は今年度を含めて八年連続でビジョンツアーに参加させていただきました。
その間いろいろ多岐にわたって松下幸之助翁の人生観、人間観、経営観を随分と学ばせていただきました。しかしマダマダ自分にとって都合のよい所だけを学んでいて、不充分と自覚しています。
ところで昨年のツアーで、木野先生が、予測という言葉に反応されました。
松下幸之助翁は予測という言葉を嫌ったと言っておられました。初めは何故だか理解に苦しみました、しかし最近ようやく意図が理解できました。予測は現状の経営資源から見ての計画であるから、ビジョンとはならないという事だと自分なりに解釈しました。
確かに日本の政治、経済も厳しい財政事情だから止むを得ないのかも知れませんがビジョンがない、夢がない、志がない、現実ばかりを論じる、国家、地方行政、会社、学校、家庭、会社、社長のリーダに幼子、学生、青年、社員さんも感化されて保身、保守の自己中心の国民となり、悲惨な事件、環境破壊、食料不足と多くの問題が山積しているのだと思います。
確かに今を生き抜かなければ明日がないのはわかりますが、経営者も「忍従不悔」の気概をもって耐えるところは耐えて、先ずは理念、ビジョンを掲げ、ビジョン実現するためには経営資源の過不足を見つめなおし、経営計画を立てるのが本来のあるべき姿ではないかと思いました。松下幸之助翁が後世に伝えたかった所はこの点にあるのではないのでしょうか。予測ではどうしても世間体を気にして、また自社の経営資源の評価を最大化せずに、ストレッチの経営計画が立てられないのではないでしょうか、この先、何年も永きに渡り会社の財産として自社を支えてくれる若い社員さんの個人のビジョンと会社のビジョンが共にリンクしてこそ働きがい、勉強心(学ぶ心)、向上心、会社方針(ルール、規則)に従い頑張れるのではないでしょうか。経営者の内面、社員さんの内面が不具合では、経営者の懐具合は一時豊かになるかも知れませんが永くは続かないし、何より心の豊かさ、「二度とない人生」の幸福感を味わうことは出来ないのではないでしょうか。

投稿者 ohata : 2008年06月19日 11:08

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