« 「初心」道をひらく:松下幸之助著 | 大秦進公式ブログのTOPへ | 「天与の妙味」道をひらく:松下幸之助著 »

2006年05月30日

「完全無欠」道をひらく:松下幸之助著


完全無欠ということは、これ以上望めないほどに好ましいことではあるけれど、
この完全無欠な状態を、お互い人間に求めることは、まず不可能である。人間個々は
そんなに完全にはつくられていない。だから、その考えること、なすことに、どこか
欠けることがあったとしても、一応はやむを得ない事と素直に理解し合わねばなるま
い。この素直な理解があれば、おのずから謙虚な気持ちも生まれてくるし、人を許す
心も生まれてくる。そして、互いに足らざるを補い合うという協力の姿も生まれてく
るであろう。人はとかく、己の考え、なすことを完全無欠と錯覚し、自らを一人高し
として、他にもその完全無欠を求めんとしがちである。しかしそこに生まれるのは、
いたずらな対立といさかいと、そして破綻だけでだけであろう。完全無欠でないから
こそ、調和が必要なのである。この道理の中に、繁栄への一つの道がひそんでいるの
ではあるまいか。

松下幸之助日々の言葉 
「衆知」衆知によって物事を判断し、過ちなくやっていくところに
人間としての真の価値が生まれる。
「仕事の与え方」仕事を担当する以上は、その仕事に関連する人に一種の感銘を与え
るような仕事をしなければいけない。

「理念と経営」
最近自分自身に感じる事は、自分自身が完全で無いにも関わらず、完全無欠を他人に
求めるところがある事に気付く。
日創研のカリキュラム、田舞塾、ビジョンツアー、その他色々な機会に木野先生を通
じ松下光之助翁の思想、心情、生き方、考え方に接し、また「理念と経営」の冊子を
通じ、MAST、WILL、CAN、DOOが、勉強の機会、社内、家庭内で強く出すぎるところが
ある。自分自身の経営、態度、行動、能力の現状認識も出来ていないにも関わらず、
どうも他人に押し付けているのではないかと自己反省、これは迷いか、悩みかどちら
か解らない。こんな人間の事を松下幸之助翁は戒めて言われたのであろうと思う。真
剣に苦言を呈してくれる、叱ってくれる、戒めてくれる、学びの友、同志を本当に
持っていなければ、経営が危ぶまれると真剣に時として考える。松下幸之助翁が云わ
れている、寛厳宜しくを、得るとはこの事かも知れない。

投稿者 ohata : 2006年05月30日 19:12

コメント

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)

Copyright (C) 2006 大秦進株式会社ヤマサン / Produced by Genius Web Agency.